(縁側にて)
「お嬢、風邪引くよ」
「……んー。……ん、千破屋?」
「俺と千破屋は間違えないで欲しいンだけど……」
城崎に肩を揺すられて目を開ける。
さっき自分に声をかけてくれたのは千破屋では無かっただろうか。
「あー……ごめん、夢見てたわ」
「お嬢が寝惚けるなんざ珍しいこともあるもんだね」
「うん」
今日は小春日和。
「お嬢、風邪引くよ」
「……んー。……ん、千破屋?」
「俺と千破屋は間違えないで欲しいンだけど……」
城崎に肩を揺すられて目を開ける。
さっき自分に声をかけてくれたのは千破屋では無かっただろうか。
「あー……ごめん、夢見てたわ」
「お嬢が寝惚けるなんざ珍しいこともあるもんだね」
「うん」
今日は小春日和。
+ + + + + + + + + +
その日は朝から、よく晴れていた。
もう少し正確に言えば、夜中に雨を降らせていた雨雲が、明け方にようやくどこかへ行ったような、そんな天気だった。
枕元の眼鏡を鼻先にかけ、携帯電話のディスプレイを覗き込む。
5/9(SUN) 04:45
夜には遅く、朝にも早い時間。
ぼんやり光る液晶は、そんな数字しか示していない。
ここ数日、時計の役割しか果たしていないそれを、もう一度握り締める。
あの着信音が鳴ってくれるのを待ちながら、ずっと目を開けていた昨夜と同じように。
「(……1時間は寝れるわな)」
色々なことを諦めて目を閉じた。
布団を出てからしなければいけないことを一つずつ、頭の中で追ううちに、夜の間はあれほど冴えていた目が重たくなっていく。
することがあるというのは、素敵なことだ。
何も考えずにいられる。
待つ時間の辛さを忘れていられる。
向き合わずに逃げているだけだなんて百も承知しているけれど、駒鳥での「すること」は毎日毎時、決まってやってくる。「それ」をすれば店子の皆は喜ぶし、自分が必要とされていることを実感出来る。それが今の自分にはありがたかった。
__居場所なんていくつも求めてはいけない
自分には駒鳥があればいい、店子の皆が居ればいい。
眠りの質が低くなってからそろそろ二週間になるが、まだ自分には自分を守ってくれる居場所があることを思えば元気でいられた。
(思えばそれも、守ってくれる場所ではなく、逃げ込める場所、だったのかもしれない)
"……Calling me, Call me. Just call my name…"
「……んー」
携帯電話から静かなメロディが流れ、もう一度目を開ける。
目覚ましのアラーム曲を変えたことにまだ慣れず、違和感からかすうっと眠気が引いた。
「……おはよー、ござい、ます」
玉葱の皮を剥くように、昨日と同じ一日が始まる。
どうせ同じならせめて、誰かに、名前を呼んでほしい。
自分がここに居ることを、誰かの声で自分に教えて欲しい。
起き上がろう。
一昨日買ったニラが傷みそうだから、今朝のお味噌汁に入れてしまおう。
ちりめんじゃことほうれん草を炒めて、鯵の開きと、蕪の浅漬けと……。
「……?」
朝の献立を考えながら布団を畳み、軽く身体を伸ばして上着を羽織る。
空気を入れ替えようと窓を開けると、縁側から誰かの声がする。
「俺……がええんやもん」
「いや……のがさ……」
土曜日の朝、こんな時間に起きてくる早起きの店子なんて、誰か居ただろうか。
訝しんで窓から顔を出すが、誰も居ない。その誰かはもう家の中に引っ込んでしまったらしい。
「……あ」
誰かの姿は無かったが、縁側の光景がいつもと違う。
朝一番で洗濯機を回そうと思い、漂白剤につけておいたタオルやシーツが全部干されているのだ。ここから見る限りでは皺もきちんと伸ばしてあるし、本当に一体誰がしてくれたのだろう。
妙なこともあるものだ、後でお礼を言わなければと少し笑って部屋を出る。
すると。
妙なことは続いていた。
「……あや、ご飯…」
学校が休みの今日は、前日の夜にご飯をセットしていない。店子の皆も遅めに起きてくるし、朝ご飯もゆっくり作ろうと思ってのことなのだが。
それが今、廊下に炊き立てのご飯の香りが漂っている。すん、と鼻で息を吸い込めば、出汁巻き卵とお味噌汁の香りも加わって。
「誰か居てるん?」
暖簾で隔てられた台所に足を踏み入れる。
そこに居たのは、ウサギ柄プリントのエプロンをつけた千破屋と……同じくクマワッペンのエプロンをつけた城崎だった。
二人とも、あたしを待ちかねていたような笑顔を見せる。
「姉さんおはよー!」
「やァお嬢、おはよ」
「……あ、うん、おはようさん。ね、今日って……」
一体何があったのかと聞く前に。
「今日はゆっくり休んでなよ?母の日だろ?」
「え」
思いがけない台詞に返せたのは、間の抜けた表情くらいのもので。
呆気に取られて言葉を選びかねていると、千破屋がくるりとあたしの背を向こうに向ける。
「そーそー、あっちで座った座った!今日は俺達がやるからな!」
「いっつも家のコトやって貰っちゃってるし……それに」
城崎が言葉を切り、少し照れ臭そうに千破屋と顔を見合わせる。
「俺や千破屋みたいに帰るトコのない奴に、家と家族をくれたこと。……こう見えて、感謝してんだ」
「俺も俺も!…今こうやってここで、皆と、姉さんと、家族でいられるコト。ただいま、なんて言えて、おかえり、なんて幸せな言葉を返して貰えるコト。全部が全部、ほんとに嬉しいンよ」
衒いの無い素直な言葉が、二人分。
真っ直ぐ向けられた視線が、言葉が、愛情が、胸を締め付けた。
「あんね……えへへ…姉さん、大好きだ!」
返す言葉が思いつかなくて、何か言っても言葉は本当の気持ちから離れていきそうで、ただ頷くしか出来ない。
「うん……うん」
ありがとう、嬉しい、そんな当たり前の言葉すらどこか違う気がして。
***
「姉さん、風邪ひくぞー」
「……あ、ごめん」
=========================================
上の作品は、株式会社トミーウォーカーの運営する
『シルバーレイン』の世界観を元に、
株式会社トミーウォーカーによって作成されたものです。
イラストの使用権は作品を発注した依藤たつみPLに、
著作権はayacoに、
全ての権利は株式会社トミーウォーカーが所有します。
=========================================
以下PL:
だいぶ時間が経ってしまいましたが、母の日に千破屋さんと城崎さんからいただいたグリーティングカードのお礼SSを、と……。
今だから思い出してちゃんと笑えるしありがとうが言えるんだな…ということで御寛恕くださいませ;w;
素敵なグリーティングカードをくださったこと、本当に嬉しかったです。
あらためまして、ありがとうございました!大好きです;w;w;w;
もう少し正確に言えば、夜中に雨を降らせていた雨雲が、明け方にようやくどこかへ行ったような、そんな天気だった。
枕元の眼鏡を鼻先にかけ、携帯電話のディスプレイを覗き込む。
5/9(SUN) 04:45
夜には遅く、朝にも早い時間。
ぼんやり光る液晶は、そんな数字しか示していない。
ここ数日、時計の役割しか果たしていないそれを、もう一度握り締める。
あの着信音が鳴ってくれるのを待ちながら、ずっと目を開けていた昨夜と同じように。
「(……1時間は寝れるわな)」
色々なことを諦めて目を閉じた。
布団を出てからしなければいけないことを一つずつ、頭の中で追ううちに、夜の間はあれほど冴えていた目が重たくなっていく。
することがあるというのは、素敵なことだ。
何も考えずにいられる。
待つ時間の辛さを忘れていられる。
向き合わずに逃げているだけだなんて百も承知しているけれど、駒鳥での「すること」は毎日毎時、決まってやってくる。「それ」をすれば店子の皆は喜ぶし、自分が必要とされていることを実感出来る。それが今の自分にはありがたかった。
__居場所なんていくつも求めてはいけない
自分には駒鳥があればいい、店子の皆が居ればいい。
眠りの質が低くなってからそろそろ二週間になるが、まだ自分には自分を守ってくれる居場所があることを思えば元気でいられた。
(思えばそれも、守ってくれる場所ではなく、逃げ込める場所、だったのかもしれない)
"……Calling me, Call me. Just call my name…"
「……んー」
携帯電話から静かなメロディが流れ、もう一度目を開ける。
目覚ましのアラーム曲を変えたことにまだ慣れず、違和感からかすうっと眠気が引いた。
「……おはよー、ござい、ます」
玉葱の皮を剥くように、昨日と同じ一日が始まる。
どうせ同じならせめて、誰かに、名前を呼んでほしい。
自分がここに居ることを、誰かの声で自分に教えて欲しい。
起き上がろう。
一昨日買ったニラが傷みそうだから、今朝のお味噌汁に入れてしまおう。
ちりめんじゃことほうれん草を炒めて、鯵の開きと、蕪の浅漬けと……。
「……?」
朝の献立を考えながら布団を畳み、軽く身体を伸ばして上着を羽織る。
空気を入れ替えようと窓を開けると、縁側から誰かの声がする。
「俺……がええんやもん」
「いや……のがさ……」
土曜日の朝、こんな時間に起きてくる早起きの店子なんて、誰か居ただろうか。
訝しんで窓から顔を出すが、誰も居ない。その誰かはもう家の中に引っ込んでしまったらしい。
「……あ」
誰かの姿は無かったが、縁側の光景がいつもと違う。
朝一番で洗濯機を回そうと思い、漂白剤につけておいたタオルやシーツが全部干されているのだ。ここから見る限りでは皺もきちんと伸ばしてあるし、本当に一体誰がしてくれたのだろう。
妙なこともあるものだ、後でお礼を言わなければと少し笑って部屋を出る。
すると。
妙なことは続いていた。
「……あや、ご飯…」
学校が休みの今日は、前日の夜にご飯をセットしていない。店子の皆も遅めに起きてくるし、朝ご飯もゆっくり作ろうと思ってのことなのだが。
それが今、廊下に炊き立てのご飯の香りが漂っている。すん、と鼻で息を吸い込めば、出汁巻き卵とお味噌汁の香りも加わって。
「誰か居てるん?」
暖簾で隔てられた台所に足を踏み入れる。
そこに居たのは、ウサギ柄プリントのエプロンをつけた千破屋と……同じくクマワッペンのエプロンをつけた城崎だった。
二人とも、あたしを待ちかねていたような笑顔を見せる。
「姉さんおはよー!」
「やァお嬢、おはよ」
「……あ、うん、おはようさん。ね、今日って……」
一体何があったのかと聞く前に。
「今日はゆっくり休んでなよ?母の日だろ?」
「え」
思いがけない台詞に返せたのは、間の抜けた表情くらいのもので。
呆気に取られて言葉を選びかねていると、千破屋がくるりとあたしの背を向こうに向ける。
「そーそー、あっちで座った座った!今日は俺達がやるからな!」
「いっつも家のコトやって貰っちゃってるし……それに」
城崎が言葉を切り、少し照れ臭そうに千破屋と顔を見合わせる。
「俺や千破屋みたいに帰るトコのない奴に、家と家族をくれたこと。……こう見えて、感謝してんだ」
「俺も俺も!…今こうやってここで、皆と、姉さんと、家族でいられるコト。ただいま、なんて言えて、おかえり、なんて幸せな言葉を返して貰えるコト。全部が全部、ほんとに嬉しいンよ」
衒いの無い素直な言葉が、二人分。
真っ直ぐ向けられた視線が、言葉が、愛情が、胸を締め付けた。
「あんね……えへへ…姉さん、大好きだ!」
返す言葉が思いつかなくて、何か言っても言葉は本当の気持ちから離れていきそうで、ただ頷くしか出来ない。
「うん……うん」
ありがとう、嬉しい、そんな当たり前の言葉すらどこか違う気がして。
***
「姉さん、風邪ひくぞー」
「……あ、ごめん」
結局その日一日、仕事を見つけては何かしようとするあたしは先を越されっぱなしで、毎日するわけじゃない窓や庭の掃除に手をつけようとしても「いいからいいから」と、まるでお客さんのようにもてなされるばかりだった。
縁側に座り、ぼんやりと春の陽射しを浴びる。突然に降ってきた何も無い時間をどう過ごしていいのか分からなかったし、何かしていないとまた考え事で頭がどうかなってしまうのが怖かった、けれど。
千破屋に起こされるまで、どうやら眠っていたらしい。
そのことに気づいて、本当に久しぶりに笑った。
「膝掛け、持ってこようかィ?」
「ううん、あったかいからええよ」
二人がくれたのは、ただ何も無い時間ではなくて。
千破屋に起こされるまで、どうやら眠っていたらしい。
そのことに気づいて、本当に久しぶりに笑った。
「膝掛け、持ってこようかィ?」
「ううん、あったかいからええよ」
二人がくれたのは、ただ何も無い時間ではなくて。
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上の作品は、株式会社トミーウォーカーの運営する
『シルバーレイン』の世界観を元に、
株式会社トミーウォーカーによって作成されたものです。
イラストの使用権は作品を発注した依藤たつみPLに、
著作権はayacoに、
全ての権利は株式会社トミーウォーカーが所有します。
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素敵なグリーティングカードをくださったこと、本当に嬉しかったです。
あらためまして、ありがとうございました!大好きです;w;w;w;
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プロフィール
HN:
依藤たつみ
性別:
女性
自己紹介:
依藤たつみ(よりふじたつみ)
土蜘蛛の巫女×鋏角衆
仁奈森キャンパス2年1組
***
シルバーレインのPCが綴る日記
アンオフィシャル設定など含みます
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日記でのお名前掲載、行動描写等
不快に思われましたら御指摘を…
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