夜半から降っていた雨がやっと止んだ、お昼すぎ。
洗濯機を回そうかどうか考えていたところで、玄関の呼び鈴が鳴った。
『依藤さん、お届けものでーす』
「はあいー」
シャチハタ印を持ってぱたぱた玄関に向かう。
神戸の家からお米が届くのは月末だし、こんな時期に自分宛ての届け物とは一体何だろう。
『水野さんからのお荷物ですね、受領印ここにお願いします』
「! …はい、あっ、はい!」
名前を聞いただけで身がピンと反応してしまう。
久しく連絡の取れなくなっていた、大好きな人。
掌から少しはみだした小さな荷物を両手で包む。
鴉の間までの距離がいつもより遠いような近いような、不思議な気持ちになった。
中身の分からない紙包みを見つめて湧いたのは、久しぶりのときめきだ。
***
「何かなァ…」
送り状を剥し、包装紙に傷がつかないよう丁寧にラッピングを解いてゆく。
春らしい桜色の眼鏡ケースが顔を出した。
「……わあ!」
ぱこん、とケースを開ける。
中からあらわれたのは、紅色のフレームで蔓に黒と金の細工がされた色眼鏡。
淡いピンク色の入った薄墨のレンズが優しく光を反射する。
旅先でこれを手にとってくれた人を想い、
胸の奥をきゅっと掴まれたような、嬉しさと寂しさが丁度半々になった感情が押し寄せる。
ふらりと何処かへ行ってしまわれるのには、慣れていない。
慣れたく、ない。
___二十年の無音、帰朝後もなおつづいた無音は、それを忘れぬ人にとってはつまりはたえざる音信だ
いつか読んだ短い小説の一節を思い返す。
二十年も生きていない自分が、この一節に何かを思うのはどうかと思うけれど。
けれど。
意志を持って遠ざかられたのならば、黙って待たねばならないと強く思う。
行ってらっしゃいとさようならが同義だった、幼い頃からそれは変わっていない。
そんなところに届いた、少し早い春のあたたかな風。
「僕らにはクーロンの法則だけあれば沢山だ
二人の愛は距離の二乗に反比例する
恋人よ…僕らはぴったりと抱き合おう」
小さく呟いて目を細める。
曇り空の隙間から差し込んだ昼の光が、開け放った窓を通って少し眩しい。
距離はまだ縮まっていないけれど、縮めて欲しいとねだるくらいはいいだろう。
色眼鏡をそっとかけて、携帯のモニタをくるんとひっくり返してカメラモードに。
笑って、笑って。
紬に纏め髪に色眼鏡。何だかおかしな組み合わせで撮った写真を添えて、
どこだか分からない旅の空に向けてメールを飛ばした。
早く会いたいよ、早く。
***
斜字部分出典:
三島由紀夫「夜の支度」
北杜夫「僕らの物理学」
土蜘蛛の巫女×鋏角衆
仁奈森キャンパス2年1組
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