「ペンと定規どこ?…あ、座ってていいよ」
「えっと、文机のペン立てに入っとうよ」
「おーあったあった、サンキュ」
即席ソファから立ち上がり自分に跪くよう畳に座り込んだ彼が、
ペン立てから短い定規と極細のサインペンを手に取った。
「んじゃ目印つけるから動くなよ。……コレに傷って、正直勿体ねーけどなぁ」
彼の口元に悪戯っぽい笑みが浮かび、指でそっと脇腹をなぞる。
気恥ずかしさとくすぐったさに少しだけ顔が熱くなった。
「ええから…!お願い、します」
「はいはい」
紅くなったであろう顔を背け、続きを促す。
丹田近くに当てられた定規の冷たさに、身を引きそうになるのをくっと堪えた。
ペン先と彼の指先が肌に触れ、不思議な感覚を引き起こす。
まだ何もしていないのに、肌の奥が痛い。否、痛いというよりそれは…
「っし、目印ついたわ。消毒するから待ってて」
「あ、うん…」
感じたことの無い気持ちに浸っている間、彼は手早く準備を済ませてくれた。
針とファーストピアス、それに自分の指先を丁寧に消毒し、
最後に小さくイグニッションと呟く。
「…するねや、イグニッション」
「だってオレたっつんみたいに力無いぜ?半端なトコで針止まったらこえーし」
痛かったら祖霊かけてあげれるしね、と彼の手の甲が頬を撫でる。
消毒薬の匂いがつんと鼻をつき、口付けしたい気持ちに水を差した。
「じゃ、やるよ。いい?」
「うん」
正面に膝をつき、座り直す彼の仕草。
左手の窓から差し込む午後の光。
期待と不安が入り混じった、自分の鼓動。
そこに伴う痛みは、一体何処へ消えるのだろう。
目を伏せた刹那。するりと、彼の手が紗の下を掻い潜って腰を引き寄せた。
抱き寄せられることには幾分か慣れたけれど、背中に沿う掌の感覚に思わず身を捩る。
「もっとこっち来て。…そうそう」
言われるままに浅く腰掛け、邪魔になった脚を斜めに畳んだ。
彼の右手に構えられた針がきらりと輝く。
怖くは無い。
「…動くなよ」
「……」
小さく頷き、麻のラグをきゅっと掴む。
肌に広がる消毒薬の水分と、押し当てられた針の感覚。
彼の顔も、これからすることもまともに見ることが出来ず、只管目を逸らし続けた。
刹那。
「………あッ…」
ずくん、と皮膚を貫く鋭い痛みが全身の神経を支配した。
冷たかったはずの針が、だんだん自分の温度に同化する。
ずくん。
ずくん。
痛い。痛いよ。
でも。
「………痛くない?」
「…大丈夫」
優しく耳を撫でる声と、変わらない痛み。
鳩尾の奥でぼんやり混ざり合う二つの感覚が、リリスの魅了のように頭を鈍らせた。
でもはっきりと見える。はっきりと聞こえる。そして感じる、触れ合う肌と指を。
「ちょ、大丈夫じゃねーじゃん……」
気づけば大粒の涙が零れ、頬を、鎖骨を、彼の指を濡らしていた。
すぐ終わらすから、とファーストピアスを嵌め込んで針を引き抜いてくれる。
残った傷痕に目を遣り、また涙が一滴零れ落ちた。
「泣くなよ…オレ悪いことしたみたいじゃん」
ふるふると首を振り何かを言おうとするが、
口を開けば嗚咽に変わりそうで躊躇われる。
一体何を伝えたいのだろう。
痛い?
つらい?
否、それよりもっと。
「嬉しいの」
それは紛れも無い本音。
十六の誕生日に墨を入れた時と同じ、後戻りの出来ない喜びだ。
闘うときよりずっと痛い。
でも、愛しい。
「……そっか」
困ったように眉を下げて笑う彼の唇が眼前に迫った。
両の目に溢れた涙を丁寧に掬い、そのまま優しく口付ける。
身の内から零れた喜びが唇に返され、少しだけミントの味がした。
思わず身を捩り、縋るように彼に抱きつく。
開けたばかりの傷痕がファーストピアスと擦れて疼痛を齎したが、それすらも嬉しかった。
「と、と……。祖霊、かける?」
「要らん…。このままがええ」
分かった、と小さく呟いて、消毒薬にまみれた彼の手がそっとあたしの頭を抱える。
向き合う形で寄り添い、彼の髪に鼻先を埋めて、深く息を吐いた。
傷痕が疼くたび、思い出すだろう。
ピアスが身体の一部になっても、忘れないだろう。
これは、まごうことなく、きみのもの。
土蜘蛛の巫女×鋏角衆
仁奈森キャンパス2年1組
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