鵟

　

黒い装束を身に纏った黒髪の少女が一人、
奈良のとある山を歩いている。

歳の頃は十か十一だろうか。
右手に花籠、左手に紅葉の枝。
無邪気な笑顔には偽りや誤魔化しなど感じられない。

少女は自分の足が踏みしめる場所を、
自分の着る装束を、
自分が周りに従える無数の蜘蛛童たちを、

何の疑いも無く受け入れて、それらを自分の生きる意義に昇華していた。

かさこそ、かさこそ。
童の一匹が少女の足元をくるくると回る。
まるでよく懐いた猫のように。

それを見た他の童たちが、真似をしようとこぞって少女の足元に集まりだした。
果たして蜘蛛童にそういった知能があるのかどうか定かでは無い。
しかし世界結界をものともしない人々が見れば、少女は正しく蜘蛛童の母のようであり。

「お歌の時間やね、よしよし。ほら、静かにしなやァ」

少女は最初に足へ擦り寄って来た童の頭をすいと撫で、
三十匹はゆうに居るであろう童たちの目、ひとつひとつに視線を送る。

するとどうだろう。
我先にと少女を独り占めしようとしていた童たちの動きがぴたりと止まった。

その様子を確かめ、ええ子や、と小さく呟いた少女は
ススキの生い茂る中に腰を下ろす。

そのまま目を閉じ、
静かに歌を紡ぎ始めた。


"あのこかわいやくものいと　ひろってあげましょくものいと
おしゃかさまでもかんのんさまでも　さんどといわずなんどでも
ゆるしてあげましょかわいいあのこ"


彼女自身、この歌に力が宿っているなどとは考えたことも無い。


"つちみかど　かねみかど
ちよにやちよにつむぐいと

ふるきみたまにはじぬよに
つよくなりませかわいいあなた"


けれど

節回しに合わせ、小さな手で童の頭を撫でるたびに
彼女は幸せな気持ちになることが出来たし
童もまた彼女の手から得るものがあったのだろう

童たちは人を獲りに行かない時間の殆どを
彼女と過ごすことを選んでいた。

一通り、自作したであろう歌を歌い終わると
太陽の傾き具合を確かめてまた童たちに視線を戻す。

そろそろ迎えが来る頃だと知っているから。

「たつみ。」

ほらね、と童に小さく微笑み、少女は自分の名前が響いた方向へ首を向ける。
童たちは名残惜しそうに、けれど確かな意志を持って
一匹、また一匹と彼女の足元を離れてそちらへ向かい始めた。

少女の視線の先にはなだらかな斜面が広がっている。
少し離れたところから少女を呼ぶ声の主は、身軽な戦装束に身を包んだ黒髪の青年だった。

「惣ちゃん、今日は早いなァ」

立ち上がって巫女装束の裾をぱんと払い、
群れる童を飛び越えながら駆け寄る少女。


「もう、秋、終わったやろ？陽が落ちるん、とても早い、だから」

惣ちゃん、と呼ばれた青年はやや高めの上背を丸め、たどたどしい言葉で少女に語りかける。
少女に優しく笑いかけるその姿は兄のようにも見えたが、
浅く被った飛斬帽の下に見え隠れする強い瞳、無数の傷跡が残る手。
控えめに見ても、現代の日本に生きる人間のそれでは無かった。

「せや、もうすぐ冬。あとちょっとで惣ちゃんが鋏角さんになって一年やで」

「そう、一年。たつみに、名前をもろてからは、三年」



三年、の響きにうんと頷き、たつみは惣一郎の手をとって歩き始めた。



季節は慌しく冬に向かう。
夕日が二人の全てを紅く染め上げ、長い影を作った。

空に浮かんだ気の早い月は、蜜月には程遠い。
でも、

幼い二人には、此処が世界の全て。
手を取り合い、体温をたしかめて、握り返す力でお互いが此処に居ることを知る。



「たつみ」

「惣ちゃん」


家族になれないのならば
せめて名前を呼び合おう

あなたはそこにいるよと愛を囁くために。